こんにちは。
シュウです。
今週末は母の日ですね。
僕は両親から遠く離れて暮らしているので、
当然ですが、母の日に会いに行ったりは出来ません。
なので、父の日や母の日、両親の誕生日などには通販で良さげなお菓子などを送るわけです。
今年は、こんなのを楽天で手配しました。
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めちゃめちゃ美味しそうですよね。
ホント、美味しそう。。。。
母も喜んでくれることだろう。。。。
うん、
いや、僕が食べたい!!
毎回思うんですよ。
自分で美味しそうだと思うのを選んでるから当然なんですが、
僕が食べたい!
こんな時、日本に居たら食べれるのにな~、と激しく思います。
閑話休題。
スコットランド訛りのダニーデン!
さてさて、遂に流れ着いた(?)ダニーデン。
まずはこの日の宿をとらねば、ということで、街の中心地にあるバックパッカーズに行きました。
受付で、しばらく泊まりたいことと駐車場の場所を訊きました。
が。。。。
なんと。。。。
受付に居たカワイイお姉さん、
バッキバキのスコットランド訛りで何言ってるか分から~~~~ん!!!
スコティッシュダニーデン、キタ~~~!!!!!!
憧れの(?)スコットランド訛りに感動しながら、
何度も何度も聞き直し、なんとか答えを把握しました。
この街でスコットランド訛りを習得するぜ!
と興奮する僕。
直後に、この宿のオーナーという男性が奥から出てきたんですが、
普通にニュージーランド英語でした。。。
ただ単に、受付の女性がスコットランドから来た人だった、んですね。。。_| ̄|○
まぁ、そもそも、スコットランド訛りを習得しに来たわけじゃないし
気を取り直してまずは街散策へ。
仕事が決まる
宿は街の中心地、オクタゴンの近く(だったと思います。もう記憶があいまい。。)だったので、歩いてみることに。
オクタゴンから伸びるメインの通りをブラブラ歩きました。
きょろきょろしながら歩いていると、とある日本食レストランのドアに貼ってあった求人情報を発見!
何か仕事をしないと、と思っていたので、早速店に入ってみました。
お店自体はランチブレイクで営業はしていませんでしたが、店内にいたスタッフが対応してくれました。
対応してくれたのは、日本語を流暢に話す韓国人男性のJ。
オタゴ大学の学生さんだそうで、お店の事、オーナーの事、いろいろ教えてくれました。
彼が取り次いでくれて、すぐにオーナー面接。
オーナーも韓国人でしたが、若い頃日本で板前修業をしていたそうで、彼もまた、上手に日本語を話していました。
とんとん拍子に話は進み、翌日から働くことに。
宿も、オーナーが経営するバックパッカーズに、フラットが見つかるまでという期限付きでしたが、タダで住まわせてもらえることになりました。
なんという幸先のいい出だし!
このバッパーはまた始めたばかりということで、部屋も綺麗でベッドも新しい快適そのもの。
4人部屋を使わせてもらっていましたが、他に泊り客も居なかったので一人部屋状態でした。
仕事場も楽しく、厨房には、これまた日本語を流ちょうに話す韓国人料理長と中国人、日本人のキッチンハンド、そして皿洗い担当が僕の4人が厨房で働いていました。
初のフラッティングが決まる。が、その直後に悪夢が
一番最初に対応してくれたJとは、その後とてもいい友人関係となり、
バッパーに住んで2週間、そろそろ住む場所を決めなくては。。。という僕に、フラットメイトを探しているという大学での友達を紹介してくれました。
紹介してくれたのは、ダニーデン生まれでダニーデン育ちの生粋のダニーデン人、
そんな言葉はないか。
生粋のニュージーランド人の青年でした。
ここでもまた、なんだか縁があるなぁと思ったのは、
この彼、大学でも日本語を専攻していたりする日本好きで、歴代の彼女も日本人多数。
そんな感じなので、僕のつたない英語も辛抱強く聞いてくれるし、話し方もゆっくり丁寧にしてくれるとてもイイやつでした。
なのですぐにフラット入りも決まり、その週末に引っ越すことに。
ホント、いろいろトントン拍子で、僕の人生ツイてるなぁ、なんて浮かれモードでいたところ。。。。一瞬にしてどん底に。。。。。
さて、何があったのでしょう??
決まっていたフラットに入れなくなった?
いえいえ
仕事をクビになった?
違います違います
僕は日本からノートパソコンを持って来ていたのですが、
なんと、それを二段ベッドの上から床に落としてしまったのです。。。。
手元が。。。。
ベッドの端に載せて使っていて、フッと気を抜いた瞬間に向こう側に落ちていって。。。。
無事であってくれ~
という願いも虚しく、床に強打したノートパソコンはスクリーンが割れてしまっていました。。。。
何てこった。。。。
いや、なんというか、ホントに自分がバカでした。。。
ちゃんと机で使えばよかったんですよね。。
横着してベッドで、しかも、ベッドのフレームに載せて使うなんて。。。
後悔先に立たず。
その時は時間を巻き戻したい気持ちでいっぱいでした。
そんな気持ちのまま、新しい住まいであるフラットへ。
パソコンを壊してしまったことをフラットメイトに話すと、
よし、俺に任せろ!とばかりに、
電話帳を引っ張り出し、方々に電話をして直せるところがないか探してくれたのでした。
なんてイイやつ。
しかし残念ながら、パソコンを直せるところは見つからず。。。
まぁ、2000年当時、ソニーのバイオはニュージーランドにはまだ入ってきていなかったので、街のコンピューター屋さんに持って行っても、スゲー!小さい!かっこいい~~!!みたいな反応でしたからね。
そんな感じだったので、ニュージーランド国内での修理は諦めて、パソコンは日本の実家に送ってソニーで直してもらいました。
実はこのとてもイイやつなフラットメイト、
その彼とは今でも連絡を取り合う仲です。
彼は今は、日本人女性と結婚し日本に住んでいて、僕はそのままニュージーランドに住んでいるというアベコベな感じですけどね~
次回は、またまたなんて縁があるんだ!というお話です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
続きは、移住回顧録 第9話:永住権のために転職決意です。